So-net無料ブログ作成

ほんとうに知りたいこと [TARO]

脚本家の中園ミホさんが、この最終週でやっと自分の書きたかった事が書けると
おっしゃってました。
どんな状況でもダメなことにはダメと訴え続けますという蓮さまの表明や
「自分の番が来た」と微笑むかよちゃんのたくましさも頼もしかったけれど、
なにより美里ちゃんのこのセリフがうれしかった。

「自分でも困った性格だと思うこともあるけど、私は自分のほか、誰にもなりたくないわ」

花子という素敵なお母さんがいたら、そりゃー言えるでしょうよって
思う人も居るかも知れない。
恵まれてるから言えるのよ、と。

確かに美里ちゃんは恵まれているからこそあの発想が生まれて当然という
説得力をもっている。
けど、人生が長くなってくると、いや短くても、恵まれていなくてもあの発想を
持てる人間が実在することを知るチャンスが与えられるのだ。
私は多分、その中でも最も過酷で悲惨で絶望的な状況でそれを失わなかった人が
身近に実在したことを教えてもらえた。
あの時代のその場に居合わせて、その状況を直視してしまったら、
果たして正気を保っていられたかどうか自信がないほどの現実。
それを語る人の目と心というフィルターを通してやっと、受け止められるようなむごい真実。

当時、美里ちゃんとは間逆の状況に立ち向かい、それでもなお、美里ちゃんと同じ気持ちを
行動で示したのは、ドラマの美里ちゃんより年下の少女でした。

語り部のお陰で私はその物語の残酷さには惑わされず、本当の美しさの方に心を揺さぶられたし、
生涯忘れられそうにないし、決してその少女と同じ目に遭いたいとは思わないけど、
その娘のように、いついかなる時でも、「私は自分のほか、誰にもなりたくない」と
言えるようになりたい。人生最悪の瞬間でも。

本当は誰もが、そう願ってるでしょう。
晴れの日でも雨の日でも、自分は自分で良かったと思えること事体が幸せで、
そう思いたいがために、人は富やら名声やら愛を求めて、時にはいらんことをしでかす。
「自分は自分のままでいいのかどうか」こそが、本当に知りたいこと。
もしも私に野望があるとするなら、最悪の時にでも「私は私でいたい」と
本気で思いたいってことぐらいかも…冨も名声も愛とも縁ないし!(苦)
年端の行かない少女にすら、それが出来たんやから。「今だから話そう 沈黙の時効〈第1集〉」より

語り部はありふれた話だとなんでもなさげな風に語ったけれど、その少女の物語は、
私にとっては奇跡で、岡本太郎の「明日の神話」そのものです。

追記:自分のままでいるということは成長を止めて、一切の努力を放棄する事ではない。
いつぞや綾野剛がすごーくイイことを言ってた。
「性格は変えられないけど、考え方は変えられる」。
本来の性格は変えられないけど、発言や行動が他者に受け入れられやすいものに変えられれば、
他者からは「あいつ変わったなぁ」と評価してもらえるけど、自分の本質は変わってないというか、
無理して変えなくても良くなるし(笑)
かしこいな綾野剛!
nice!(2)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

nice! 2

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0