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イキウメ公演―太陽― [舞台]

大阪初日に観劇。

またも残酷で優しい物語に「前川さんってコワーイ」(笑)

夜側の住人”ノクス”モリシゲの理性と知性と優しさと表裏を成す昼側の住人”キュリオ"鉄彦の野生と無知と優しさの対比が凄まじかった。
もう鉄彦役の大窪さんの激情がハンパなく、その分モリシゲ役の浜田さんがスマートに優しく弟を導く兄のように見えてくる。

生まれつきのノクス…って後天的にノクス化した元キュリオのノクスよりも奇跡のように希少な存在のはずなのに、ノクスの社会ではある意味落ちこぼれで門番という閑職に就いているモリシゲはそのお陰で奇跡的に本質を理解してたと思う。
弱いからこそ強くなれるし、強いからこそ弱さが露見したりする。
結局のとこ、どっちが強いんだか弱いんだか?どっちが差別してるのかされてるのか?と見せかけて、やっぱり、強いのは太陽の下でも健やかに生きられる者という本質が鉄彦に伝わってよかった。

若い頃、人気作家の小説でそういう設定のものを読んだ気がする。
日本人が吸血鬼化してく現象が起きた時、実はそれバイオテロ兵器(追記:敵国が核に代わる兵器として諸外国を静かに侵略するために開発したとかナントカ。核兵器は土地を汚染してまうから勝利しても戦後使えへんしねー。能天気な日本人は不老とか週1回の吸血以外の食べ物が必要なくなるから経済的に楽になる、妊娠しなくなる、とかで喜んで吸血鬼化するブームが起きるの。敵国の思う壺。)で、太陽を浴びたら灰になって消えてくれるからエコやし後片付けがすごい楽、みたいな。
実のところ一時的に持てはやされても、ノクスはいつでもあっさり殺されてしまう弱い存在なのだ。
だからこそ必死にノクスに有利なシステムに社会を変えてく強さを身に付けた。
その真実を金田医師はノクスに転生したからこそ痛感したんやろな。
鉄彦の母と対照的な結の母は、ノクスになってもなんとなく感じてるだけで解ってなかったけどね。
(伊勢さん、そう見えない人がそういう役で、ほんまに怖かったよう~[もうやだ~(悲しい顔)]

鉄彦の母・純子と鉄彦がモリシゲを助けようと全力を尽くす場面も別の意味で本当に怖くて、
でも彼らがその瞬間的に損得抜きで彼を助けなきゃ!って選択をするとこがねー
本当に素敵でした。
(ノクスの血液はキュリオの命を脅かす猛毒で、もしも体に傷があって、そこから体内に血液が入ったら命を落とす。ただし、その過剰な反応での落命を避けるワクチン投与後なら、ノクス化するに留まるという。そんな背景で親子はモリシゲの手首をナタで切り落とすという方法で、日に光に曝される場所に監禁された彼を救うのだ。自分の身が危ないのにそれを選択する息子と、その選択を支援する母は壮絶だった。)
この親にしてこの子あり。その在り方こそが太陽の下を歩いてた。
親子とも本気でそれ以外考えてない声で、それをリアルタイムで目撃する体験を
与えてもらえる舞台ってやっぱり素晴らしい。

人類が進化して賢くなってるのなら、もうそろそろ、差別とかの仕組みで思考停止させて利権を
掠め取るセコイ争いは止めて、どっちも納得できる生き方を探し始める頃に来てるんちゃうのん?
て未来が垣間見えた。
やっぱ、そういうやり方に飽きてきてるんちゃう?
今まで通りで満足できないほど賢くなってきてるからこそ、もっと賢くなりたい!って発想が生まれるんやろうし、せっかく賢くなったのにつまらん事しかさしてもらえへんってことに、失望したり苛立ったりするんやと思う。

ずいぶんな遠出をした感覚が翌日も残ってました。
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